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小売業からITベンチャーに転職して。その会社は、社内で話しかけるときすべて「チャット」だった|転職体験談

ミッドナイトランブラー さん(男性 50歳 千葉県)
まあまあ成功、
ちょっと失敗

転職前

BEFORE
職業
小売業
職種
経営管理
従業員規模
3,000名
年収
900万円

転職後

AFTER
職業
ITベンチャー
職種
経営企画
従業員規模
20名
年収
780万円

目次

ミッドナイトランブラーさんの転職ストーリー

1これまでの私

5つの会社を経て、経営企画部のマネジャーになって。

イメージ画像:キャリアの歩み

私はこれまで数度と転職をしており、前職の会社が5つ目の職場でした。

ジョブホッパーというのでしょうか、とはいっても一社目の在籍はけっこう長く、15年程勤めました。

大手の子会社だったのですが、古い体質の会社で、組織全体に主体性がなく近視眼的な動きがいやになったこと、もっと競争の激しいところで自分の力を試してみたいという気持ちが強くなり、転職しました。

それをきっかけに短いと半年、長くても5年くらいの在籍で3つの会社を経て、そうして5つ目の会社に転職しました。

事業としては本やDVD、CDなどの販売している店舗のフランチャイズ事業がメインです。
他にもベンチャービジネスに投資したり、インターネットビジネスに乗り出したりしていました。

利益の大半はフランチャイズ事業が占め、その利益を次の事業のための投資につぎ込んでいました。

私は経営企画部門のマネジャーとして入社しました。
2010年のことで、東北の震災の前年です。

部門全体で15名ほどの人員がおり、部門のトップはCFO(※)でした。

CFOとは

Chief Financial Officer(最高財務責任者)のこと。

CFOの役割は、主に財務に関する業務執行を統括することです。
その範囲は、会計、予算、キャッシュフローや投資の管理、信用取引、保険、税などの業務管理から、その他資金調達やM&A、上場準備なども含まれます。

更には企業役員の一員として、経営上における意思決定(事業ポートフォリオをどのようにするかであったり、経営資源をどう考えていくか等)に関して積極的に参画するのも、CFOの責務です。

参考:ベンチャー企業CFOについて

組織は3つのグループに分かれており、財務グループ、計数管理グループ、そして私がマネジャーとして在籍する企画部門がありました。

私は一社目の会社では営業、業務管理、総務、情報システム、経営企画、と社内で様々な部署を経験し、それぞれの業務でまあまあうまくやっていました。

社歴を重ねるとゼネラリストとしてマネジメントの役割も期待され、最後には経営企画で課長をやりました。

その後の転職では、営業マネージャー、経営企画のマネージャーをやってきましたが、

(自分はきっと、経営企画的な仕事が合っているのだろう)

──そう思っていたところに、この会社に出会えたのです。

家庭は、私と妻と男の子ふたりの四人家族です。

月並みな言葉かもしれませんが、子供二人を夫婦で育てて、成長を見ていくことが、私の一番の生きがいでした。

2転職のきっかけ

新CFOとの確執が続いて、そして私は「転職」を決意。

イメージ画像:CFOの上司

当時の会社を転職しようという気になったのは、辞める半年くらい前のことで、上司のCFOとの関係性が悪化したためです。

CFOが頻繁に代わる会社で、短い人だと1年で交代していました。
なぜそんな頻繁に変わるのか、と疑問に思われた方もいるかもしれませんね。──社長の意思が強く働いていたからです。

社長は定期的に組織を変更し、そのたびに幹部を多くを代えるのです。

理由は、

社長

「社会情勢の変化、市場の変化にあわせて、会社を変えてゆく必要があるからだ」

──と社員総会で社長が説明しています。しかし理由は別にあり、実際は「社長との相性」が一番のポイントでした。

私は社長には嫌われてはいなかったようですが、社長の取り巻きである「社長室」のメンバーとは距離がありました。
そして、その社長室のメンバーの一人に、新任のCFOも含まれていたのです。

新しくCFOのポストについた人物は、社長室案件には恭順し、私の言うことに耳を貸しませんでした。

その理由は「保身」であったと思います。

私が担う「経営企画」という職務は、企業の経営・戦略に対して調整をかけたり、ときに「それが本当に適切か」というチェックを入れます。
そのチェックは、往々にして指揮を取っているものからすると耳障りに感じられるものです。

私のチェックに対して面白くないと感じる「社長室」メンバーと、そこと結託するCFOがいて──。そして、私はそんな状況でうまく立ち回る器用さは持ち得ていませんでした。

いつしか私は経営企画としての仕事から外され、肩書のみの存在となりました。
そして、組織としてそれ程重要ではない案件の担当ばかりを回されるようになりました。

そんな日々がしばらく続いたこと。──これが、私の直接的な転職理由です。

3転職中

眠れない、笑顔になれないような転職期間が長く続いて。

イメージ画像:街ゆく人々

転職活動は、在職期間から開始しました。

あまり、順調には行きませんでした。

まず、年齢と経歴がマッチする案件がとても少なかったです。

書類で落とされることがほとんどでした。
なんとか面談まで行っても、そこから先には進めませんでした。

「大変残念ではありますが、組織構成上、あなたにふさわしいポジションを用意できませんでした」

などの理由が添えられた検討結果がメールできますが、はっきり言えば報酬と年齢がネックだったのでしょう。

同じスペックでしたら私ではなくもっと安くて若い人、──ということが転職エージェントと企業の間で話されているようでした。

こういうことの繰り返しが長く続き、仕事も閑職で評価される仕事もできないとなると、さすがに自分が自分の非力を責めるようになります。

眠れない日々があったり、子供がいても笑顔になれなかったりしました。その事実がさらに自分を追い込むような感じになりました。

そんな状況の日が続いた中、あるとき大学時代の友人から「ここがおすすめだよ」という転職サービスを教えてもらって。

登録すると意外にも、そのサイトを通して今の会社からスカウトされたのです。

そのまま一次面談、二次面談と続いて、そして内定をいただけたのです。

これまではこちらから応募してもほとんど反応もない企業がほとんどだっただけに、最初はにわかに信じられませんでした。

4転職後

「企業が変われば、文化もまた、変わる」ということ。

イメージ画像:ベンチャー企業のオフィス

私の転職した会社は、ITベンチャーでした。

設立して3年くらいで、急に社員が増えてきた組織です。
いろいろなことが未整備で、なにより売り上げを伸ばして行く体制を作らなくてはいけないステージでした。

平均年齢が30半ばくらいで、社員数は30名前後、エンジニアが半数以上占めています。

そして、コミュニケーションを取る手段は、そのほとんどが「チャット」でした。

ここでは、「業務中に直接話しかける」ということを遠慮する文化でした。

例えば、直接コミュニケーションを取る際も、まずはチャットで声をかけることに了解をもらって、席の近くに言って話をするという流れを取るのです。

基本的に終始スクリーンに向かって仕事をしているエンジニアは、その手法がきっと一番効率的なのでしょう。
また、チャットは即時で他のメンバーにも共有されることから、会話よりもすぐにみんなの反応がわかるというメリットもありました。

私は、このコミュニケーション手法に慣れるのに最初のうちとても苦労しました。

そのほか、「なにかやりたい」であったり「やらなければならない」ようなことがあると、社長に相談して了解してもらうという進め方でした。
そういったときは、さすがにチャットではなくミーティングで決めていきます。

こういった「チャットかミーティングか」の線引きは、組織の方々は「感覚的」に使い分けていて、新参者がすぐに慣れなくてはいけないことでした。

それ以外にも、「稟議のルールがない」であったり、「決定された事項について文書を残す」という習慣もなく、私が最初に手をつけたのは「社内稟議の規定」でした。

いろいろと、戸惑うことが多かったですが、救われたのは飲み会などの社内行事が多かったことです。
そのおかげで、私は「人に馴染む」ことには苦労をせずにすみました。

月の末にはマンスリーミーティングがあり、その後は必ず飲み会がありました。

週単位でも軽めの全体会議があり、グループによっては朝礼もありました。

チャットだけではなく、そういった場でしっかりと対面で話をすることもできて、そして私は少しずつ、新しい職場のメンバーと関係性を深めていけたのです。

5その後、どうなったか。

転職を振り返って、今感じること、想うことは──。

イメージ画像:これからのキャリアプラン

今回の転職で気づいたことはたくさんあります。

そのなかで、もっとも重要だと思うことは、「ITベンチャーの立上げ」を体験できていることです。

このステージでなにより大切なことは、「社員のマインドが一致している」ことでしょう。

目指すべき方向が一致していれば、社員は自律的に自分の力を発揮してそれに向かっての試みを続けるからです。

誰かが指示し、チェックするような丁寧なことをしている余裕はありません。

時間をかけずにビジョンを共有し、共に働くモチベーションをあげて、スピード重視で世の中に自分たちの価値を示していくのです。

──ですが、私たちのビジョンと、そして提供していこうとする価値が正しいかどうかは、現段階では分かりません。

それを証明するにはビジネスを成功させる他ないのです。

もちろん、証明できなかった──つまりは市場で私たちが結果的に「不要」とされた場合は、事業は続けられず、組織は淘汰されることになるでしょう。

正直なところ、私はこのあたりの認識と覚悟が甘かったのかもしれません。

もちろん今は、そのような事態にならないよう、必死です。

組織の将来を切り開くために、自分のやれることはすべてやろう」という認識を、これまでの人生の中でもっとも強く持てています。

──すべて、これからの展開次第です。

このように「腹をくくった自分」を発見・認識できたことは、ちょっとした驚きもあり、そして、良かった点だったと思っています。

参考:40代後半~50代の転職支援に積極的な転職エージェント

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