『みんなの転職「体験談」。』
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転職体験談:人生は大海原。失意のどん底にいた私が「職業訓練指導員」の働き方を知って

転職前

BEFORE
職業
製造業
職種
機械技術職(洋裁)
従業員規模
250人
年収
380万円
会社名

転職後

AFTER
職業
製造業(金属加工)
職種
職業訓練指導員
従業員規模
300人
年収
420万円
会社名

目次

リョウヘイさんの転職ストーリー

1これまでの私

流されるままに入社した、製造業の会社。

製造業の作業員イメージ

大学に入って3年目からは、ほとんど勉強もせずアルバイトと遊びに明け暮れていました。

「将来のことを考えないと…」と思いながらも自分の生活に歯止めをかけられずにいて、流されるがままに大学側から推薦を受けた零細企業のインターンシップに行き、卒業後もそのまま入社して──、それが前の会社です。

製造業の作業員(機械技術職)を行っていました。
その仕事が私に合っていたか──というと、よく分かりません。

上司から叱られることも多かったので、他人と比べてあまり仕事ができる方でもなかったのでしょう。

2転職のきっかけ

「お前にこの仕事は任せられない」と言われて。

呆然とする作業員イメージ

新卒で入社した会社は、世間でいうところの「ブラック企業」でした。

入社前の説明会では、あたかも黒字経営で業績が潤っていて、更には福利厚生も充実している──という話でしたが実際に入社してみると全然違っていたのです。

「経営はかなり厳しい」という話を入社して間もなく色んな人から聞きました。
研修期間を過ぎたあとにはすぐに休日出勤を命じられ、更には新入社員で使えないと判断された人材については、次々に派遣社員として派遣先の会社に流されてしまうような状況でした。

私はどうだったかというと、勤務先は変わらずにいられましたが上司からの評価がとても低く、いつも仕事にミスがある、作業が遅いで怒鳴られていました。

それでもまあ耐え忍んでやってきたのですが、1年経って後輩社員が入ってしばらくして、私がやっていた仕事が「お前には任せられない」と言われて後輩にその仕事を取られてしまったのは精神的に大分こたえました。

あるとき、私は感極まって上司の前で号泣してしまいました。

今でも、当時のことはあまり思い出したくありません。

とにかく、そんなことがあってから「もうここで働き続けるのは無理だ」と気持ちが折れてしまい、私はその会社を退職することとなりました

3転職活動中

ハローワークにすら、通う気にもなれず。

書店イメージ

会社を辞めて、「さて次はどうしようか」と考えたものの、何のあてもありませんでした。

ハローワークに登録したものの、「結局は、前と同じような環境の会社しか見つからないのではないだろうか」という気持ちが強く、精力的に活動する気にはなれませんでした。

そこで、自分に向いている仕事は何だろうと駅前の大型書店に行って、職業や資格に関する本を立ち読みする日が続きました。

私は小さいころから書店──本屋が大好きでして、なんというか、棚に収められた本を手に取って広げるとそこには新しい世界が広がっていて、日常の閉塞感を払しょくしてくれる──そんな感覚があったのです。

そして、そこで私は運命的な出会い、というのは大げさかもしれませんが、一つの職業を知ることになったのです。

それは、「職業訓練指導員

職業訓練指導員とは、求職者に対して就職や転職ができるような知識や能力を教える仕事です。最近ではテクノインストラクターとも呼ばれている職業です。

指導する分野は機械、工芸、加工、介護、サービスなど様々な分野があり、担当する科目によって職業訓練指導員免許が必要になります。

ポイントは、職業訓練指導員の資格を取ったのちは民間企業のほかにも公営企業や、自治体、国の機関で働くことができるという点です。

公営企業、自治体では福利厚生が充実していますし、民間と比べて会社の業績で解雇されたりといったリスクも若干下がります。

参考:

厚生労働省「職業訓練指導員になるには?

Wikipedia「職業訓練指導員

私は書店で職業訓練指導員に関する説明本と、それから資格取得に向けての教本(試験の過去問等も記載されているもの)を購入し、早速資格取得に取り組みました。

勉強期間は2週間ほど。
(これまでの製造業としての経験も活かされたのだと思いますが)試験内容もそれほど難しいものもなく、無事試験にも合格して、晴れて職業訓練指導員としてのキャリアをスタートするに至りました。

4転職後

新しい職場で、待ち受けていた環境は。

事務仕事イメージ

資格を取得してから、私は県の募集案内に応募して、県内の工場に配属されることとなりました。

果たして訓練指導員の実務とはどのようなものかと期待と不安の入り混じった思いでしたが、──かなり大変でした。

私の肩書は「企画担任者」でしたが、実際の仕事は県内の複数工場に指導と修理、そして、安全衛生管理等の事務処理──この事務作業が膨大な仕事量でした。

実務を片付け終わるのが夕方5時までかかり、そこからは事務所で缶詰状態です。
伝票整理や、各種命令書の作成、支払い帳簿や、提供業者への連絡等、また、ちょっとしたミスがあれば報告書を書かなくてはなりません。

「民間企業よりも楽だろう」という甘い考えはすぐに吹き飛びました。やや自分のキャパシティを超える作業内容と業務量でした。

それでも、ミスをしても執拗に責められたり仕事を取り上げられるということもなく、叱責と報告書だけで済んでいるのは、まあ良かったと思います。

5その後、どうなったか。

世界は自分が思っているより広い、そして人生は大海原

大海原イメージ

今回の転職を振り返って思ったこと、それは「世界は自分が思っているより広い、そして人生は大海原」ということです。

もし、今回の転職で懲りずに前職と同じような働き方をしていたら、私の能力では年齢に応じた給料をもらうことはできていなかったと思います。

ですが、これまで自分がいた環境からちょっと視点を変えるだけで、こうした新しい働き方も見つかるのです。それだけ、世の中にはたくさんの仕事、働き方が溢れている。

そこに気付けたきっかけは、私の場合は書店でしたが、他にも運命的な方との出会いや、良い方向へ道いてくださる方々との出会いということもあると思います。

前職を退職したときはまさに「失意のどん底」でした。
もし同じようにいま現在仕事で苦しい状況にある人がいたら、そうした「今までと違う視点を持つ」ことを意識されると良いと思います。

相談できる人がいない場合は、私のように書店へ行って情報収集をするのもおすすめです。

◇ ◇ ◇

最近よく考えていることは、「これから先、更にキャリアアップするとしたら、どんな道があるだろうか?」ということです。

職務につなげていけるような資格を率先して取得するというのも一つの方法だと思います。

また、今後の様々な人や本との出会いに触れる中で「他にもこんな道があった!」という気づきがあるかもしれません。

そうした日常の気づきや変化に向き合い、満足する未来像をイメージしていきたいと思っています。