『みんなの転職「体験談」。』
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「そこにあるのに見えていないもの」と、「そこにないのに見えてしまうもの」|私の転職体験談

転職前

BEFORE
職業
食品商社
職種
経理
従業員規模
600名
年収
300万円

転職後

AFTER
職業
メーカー
職種
経理
従業員規模
1,000名
年収
250万円

目次

くぅさんの転職ストーリー

1これまでの私

事務職を選んだのは、趣味の時間を確保したかったから。

イメージ図:経理として働く20代女性

前職の会社は、私が入社する前に事務職の人たちの一斉退職があったそうです。
理由は「人それぞれだった」と聞いていますが、そうした背景があって入社できた会社でした。

私も事務職として入社しましたが、3ヶ月で配置転換となり、経理職に就きました。

私が入社した年に会社が大卒採用を始めたこともあり、すぐに後輩ができて。
自然と、まとめ役の一人になりました。

派遣社員の教育係も行なっていましたので、仕事量はいつも多かったです。

私の趣味は、「洋裁」。
むしろ、洋裁を続けていくためのお金を稼ぎに仕事をしているという感覚でした。

昼は仕事、夜はミシンで机の前に座りっぱなしの日々が続いていました。

家族構成は父、母、兄、妹の5人家族です。
兄は仕事をしていませんでした。

家事は両親と兄に任せていたので、仕事が忙しくとも帰宅後は落ち着いた時間を過ごせていました。

2転職のきっかけ

毎日が残業漬けの私と、ノー残業の事務員さん。2人は同じ給与額だった。

イメージ図:仕事に悩む女性

転職したい」と思うようになった理由は、洋裁にかけられる時間を持てない日が続いてしまってきたからです。

仕事が段々と忙しくなって毎日が3時間強の残業でしたので、家に着いて夕飯を食べ終わる頃には日付が変わっていました(職場が家から少し遠かったというのもあります)。

もともと残業がしたくないから事務職で就職したのに、「これでは何のための事務員での仕事だろう」と考えるようになりました。

仕事にやりがいは感じていましたが、私にとっては趣味を失ってまで働くような生活がどうしても我慢できませんでした。

会社もそんな私たちの業務過多の状態は把握していたようで、あるとき本社からサポートメンバーが来てくれたのですが、これが逆効果でした。

「業務効率化のために、仕組みを変えていこう」といって、それはまあいいんですけど、その仕組み作りが「なんでそこからやるかな?」っていうような非効率なものばかりで。

結局、残業時間はさらに増え、それまで同期と頑張ってきた仕組み・フローはどんどん変えられて、「これまでの努力は何だったのだろうか…」という不信感を抱くようになってしまったのです。

退職の決め手となったのは、別営業所の「残業はほとんどない」という事務員さんと私の給料が全く同じだったこと。

みなし残業制でしたので、まあそうなってしまうのは理屈ではわかるんですが、感情的にはまったく納得できませんでした。

3転職活動中

希望条件は、「とにかく残業のない職場」であること。

イメージ図:転職活動中の女性

転職活動は、エージェントを利用しました。

登録したのは、リクルートエージェントdodaパソナキャリアマイナビジョブ’20の4社です。

当時はコロナ禍前だったこともあり、求人も多かったんですよね。
20社ほどの求人に応募して、そのうち4社から内定をいただきました。

私の希望条件は、「とにかく残業のない職場」であること。
そこ一点でした。

内定を頂いた4社はどれも「残業がほとんどない」ということはエージェントさんからお墨付きをもらっていましたので、私はその中から家から一番近い職場の会社を選びました。

4転職後

転職後の新しい職場で、待ち受けていた環境は。

イメージ図:ドライな職場

新しい職場は毎日17時退社で業務も少なく、私の希望していた「残業のない職場環境」は手に入りました。

ですが、良かった点はそれだけでした。

とにかく、人間関係が最悪でした。実際に働いている人も精神的に幼いのか、「死ね」とか「殺したい」という暴言が職場でしょっちゅう飛び交うんです。

「周りにいる5人を足して5で割った人間が、将来の自分である」という言葉があります。
それを考えると、「ここに長居しては、絶対にいけない」と思いました。

仕事に慣れてきたタイミングで、いちど話し合いの場を設けさせてもらい、「職場での暴言は辞めてほしい」を伝えました。

結果として罵声が飛び交う状況はめったに見られなくなりましたが、それでもいつ再開するか分からない不安がありました。結局、中身の人間は一緒ですから。

転職してから、ずっと仕事へのストレスがある状態です。
洋裁も楽しいと感じられなくなってしまい、やめてしまいました。

本音を言ってしまえば、すぐにでも辞めたいです。
ですが、転職してすぐまた転職はあまりよい策ではないでしょう。

転職後の私を待ち受けていたのは、冷たい社会だった。
──そう思いました。

5その後、どうなったか。

「そこにあるのに見えていないもの」と、「そこにないのに見えてしまうもの」

イメージ図:未来に向けて思いを馳せる女性

転職を振り返って思うこと。それは、「そこにあるのに、見えていないもの」「そこにないのに、見えてしまうもの」についてです。

前職では忙しさや残業の多さにストレスを感じていましたが、それでも一緒に働く人たちのことは好きだった。
それに、趣味の洋裁も続けられていました。

今は、残業はないのにいつも心が荒んでしまっています。
仕事自体にやりがいを感じられないのは、私が仕事で価値貢献するはずの社内の人たちに、私が尊敬の気持ちを持てないからでしょう。

転職しようと思った時、当時あった職場の人間関係の良さについて、私は全く見失っていました。

代わりに見えていたのは、「私はもっとできる」「今よりもっと幸せな毎日が得られるはず」という、根拠のない自信。
正直にお話すると、転職活動の際に「見返してやろう」という気持ちがありました。
数社から内定をもらった時も、それを当然のように感じている自分がいた。

はっきりと感じられたその自分への将来の手ごたえのようなものは、本当はなかったんです。これが、わたしの「そこにないのに、見えてしまっていたもの」でした。

◇ ◇ ◇

今、私が見失っているものは何だろうと、よく考えます。

高学歴だった自分、洋裁のほかにも文筆活動が趣味だった自分、読書家だった自分、インターネットに強い自分──。

それらもまた「本当はないもの」かもしれません。
ですが、もしかしたらどれかは、これから先の未来を切り開く可能性になるかもしれません。

今回の転職は失敗でしたが、20代のうちにキャリアの立て直しを図ろうと思っています。

具体的には、「複業」を手広くやっていこう、と。

洋裁も再開して、ハンドメイドショッピングを始めようと考えています。 それから、ブログ、請負の文筆活動──、などなど。

自分でやろうと思ったことで忙しくなるのは、大歓迎。
「吹けば飛ぶような仕事」と言われればそれまでですが、とにかく行動をしていかないと。それが、「そこにあるのに、見えていないもの」をみつけるためのいちばんの対策だと、私は思うからです。

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