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私の転職体験談:海外をフィールドに仕事がしたい!のつもりが…シンクタンクからNGOに転職


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転職前

BEFORE
職業
シンクタンク
職種
企画職
従業員規模
150名程
年収
450万円
会社名

転職後

AFTER
職業
NGO 途上国貧困支援
職種
企画職
従業員規模
100名程
年収
250万~300万円
会社名

目次

Erikoさんの転職ストーリー

1これまでの私

「海外を視野に、もっと、大きく活躍していきたい」──と思ってはいたものの。

「より公平に、より良い世の中にしていく」


──これ、前職の会社のビジョン(社標と言った方がイメージ付きますでしょうか)なんですけど、「真逆じゃん!」っていうくらい、どうしようもない会社でした。

「世の中を…」とか「世界を…」とか大口叩く前に、目の前の混沌とした状況を巻き起こしている自分自身をもっと見ろ!・・・と、当時の上層部に言いたいです。


私が大学卒業後に選んだ会社は、東京にあるシンクタンクでした。

国内のみならず、世界各国で業務展開をしている会社で、学生の頃から「海外で働きたい」という思考のあった私は、「こここそが自分の求めている職場だ!」と思って、入社したのです。──全然求めているものとは違いましたけれど。


私は元々海外志向が強く、高校時代はアメリカに留学し、大学ではフランスに留学しました。

語学もそれなりに話せます。学生時代は、留学のほかにも途上国の貧困地域でのボランティア活動にも勤しみました。


そして、「もっと、大きく活躍していきたい」と思って、前職の会社に入ったのです。



2転職のきっかけ

部署のリーダーを任されて。

入社して数年経ち、私はとある部署のまとめ役を任じられました。

そこには私より一回りも二回りも年上のパートの方もいました。

その中にパートながらも部内の「お局」的存在のA(仮)がいたのです。

その会社では英語の資料も大量に扱うので、パートも英語ができる人を雇っていましたが、A(仮)は英語どころか、事務作業の基本であるエクセル、ワード、何一つできない女性でした。

スキルが無ければおとなしくしてればよいものの、性格はかなりの尖りようで。
何をお願いしても

A(仮)

「は?──どうして私がそれやらなきゃいけないの?あなた自分でできるでしょ?」

と返してきました。


当時私は26歳。対するA(仮)は40歳です。
私はいつもA(仮)の対応をどうすれば良いのか迷んでいました。

忙しい部署ですので、皆が作業を手分けして進めないとスケジュールが遅延していってしまいます。

ですが、A(仮)はいつもそんな感じ。更には機嫌が悪くなると、表情や態度、言葉遣いで負のオーラ…というより、もはや漆黒のオーラをフロア中にまき散らすのです。

段々と部署内の雰囲気も悪くなってきて、気付いたころには皆、A(仮)と同じような表情をするようになっていました。──そうです、私も含めて。


3転職中

「もう、ここはダメだ」と見切りをつけて──。

上司に相談──ですか?しましたよ、もちろん。

でも、

上司

「ん~君の接し方が悪いんじゃないかね」

※ 私の心の声
(だから!誰に対してもそうなんだよ!)

上司

「いやでもさぁ、今どきワードもエクセルも使えない人なんている?!」

(現にいるから言ってるんだよ!自分でもちゃんと確認しろ!)

上司

「スネた顔をするなんて、彼女はもう40近くだよ?」

(知るか!本人に言えよそれ!)

──といった感じでした。


何もできないのは彼女なのに、私の話を信じてもらえず、私ばかりが責められます。

私がまとめ役なので結局彼女がしなかった(できなかった)仕事は私の方で全てやり直ししなくてはならず、仕事量も2倍と増えました。

つまり、彼女は給料をもらっていながら何もしていないのです。

後でわかった話、A(仮)は上層部のコネで入ったらしく、何もできなくても周りはずっと、なにも触れられずにいたのです。


一年間、我慢しました。

その間、何度も上司に相談しました。

でも、何も変わらなかった。


私の部署だけ仕事の進捗は悪くなって。そして私は誰よりも残業時間が多くなっていって。そして部署内の雰囲気は険悪で。
──最悪の状況でした。


そして、私は退職を決めました。

A(仮)にも苛立ちましたが、それ以上に何もしようとしない上層部が、退職の決め手でした。


4転職後

転職をして、その後に待ち受けていた環境は──。

転職先は、すぐに決まりました。

──途上国の貧困地域の支援をする、NGO団体です。


そう、今私は海外に住んで、働いています。


私が支援する子供たちは、とても劣悪な環境下での生活しています。

それは、自分の意志とは全くの無関係で強いられた──つまり、国の経済状況や施策によって創られた「貧困生活」です。


彼・彼女たちは、私たちにとっては「当たり前」の生活を知りません。だから、その劣悪な環境から抜け出る術を知らない。
そんな子供たちを助けること──それが、今の私の仕事で、そして私がずっとしたかったことでした。


海外ですし、途上国ですし、大変なこともありますが、日本で働いている時よりも、やはり自分がしたかったことだからでしょうか、のびのびと働けています。

給料はぐんと下がり、現在は年収250万~300万のランクですが、途上国で生活している分には問題なく暮らしていけます。


海外では人々は日本よりずっとおおらかに、オープンに生活しています。

前職の時のような人間関係で悩むことなんて、まずありません。


5その後、どうなったか。

転職を振り返って、今思うことは。

転職をして思うことは、「自分自身の力を発揮できるかどうかは環境にもよるということ」ですね。


結局、私が目指していた舞台は「海外」でした。
前職のところでくすぶっていたら、自分自身がもったいないと、言葉にするとちょっと自己中心的に見えますが、それで良いんだと思います。

自分を守るためには、今の世の中そのぐらいの気持ちでなきゃ、やっていけません。


あとは、「一つの職場にいると、どうしてもその環境内で思考が狭まってしまう」こと。

昔は、四六時中A(仮)や上司のことを考えて苛々していました。


今でもたまに思い出したりはしますけれど、それよりも新しい職場では「今自分がやりたいこと」や「貢献していきたいこと」に意識が向かっていて、自分でも大分健全になれたと思います。


A(仮)は、デスクワークで10桁の計算をすべて電卓で行って、ワードで作った表にその数値を手打ちするような働き方をしていました。
そして前職の会社は、そんな常時低空パフォーマンスの人を、有期雇用でありながらも10年間も雇い続けていました。

更に私は、そんなA(仮)や会社の上層部にいつも腹を立てていました。


──なんて、非生産的で、視野狭窄な世界。
A(仮)も会社も相当ですが、私も結局、浅はかな思考で停滞していたと、今になって思います。


世界はきっと、もっと広いはず。

ここは自分のフィールドじゃない」と思ったら、勇気をもって飛び出していくほうが、きっと、その方が人生を充実にしていけるのではないでしょうか。



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