私の転職体験談:熊本地震の後、リストラに──。半導体会社から旅行代理店に転職!
転職前
- 職業
- 半導体
- 職種
- 技師・オペレーター
- 従業員規模
- 約9,000名
- 年収
- 350万円
- 会社名
転職後
- 職業
- 旅行代理店
- 職種
- 接客業
- 従業員規模
- 約100名
- 年収
- 290万円
- 会社名
目次
ゆずさんの転職ストーリー
1これまでの私
熊本の地で、大手半導体の会社で働いていました。

当時私は25歳で、熊本県に住んでいました。
──ちょうど、熊本地震が起きた頃の話です。
実家暮らしで、親と3人で生活していました。
勤めていた職場は、業界内でも大手の半導体の会社でした。
知名度も高い有名会社でしたので、リーマンショックの時期も経験しましたが、不況を感じることはありませんでした。
私が主に任されていた業務は、カメラのレンズ開発と、顧客対応です。機械が何らかの不良を生じた場合、顧客より連絡を受けメンテナンスをしたりしていました。
突き抜けた発想が要求されるクリエイティブな仕事──というよりは、コツコツと地道に積み上げていくような仕事です。
ですが、私はそんな「コツコツする仕事」がとても好きで、やりがいや働き甲斐も充分に感じていました。
2転職のきっかけ
熊本地震が発生して、そして私の環境は大きく変化していき──

今から一年以前の2016年4月、熊本地震が起きました。
大きな地震だな、、、と思って驚いていたらそれは余震で、その後にとてつもなく大きな揺れが来て。
いまだに、思い出しますね。
そして、地震の被害は会社にも及びました。
熊本の地にあった会社の研究施設や工場は大きく損傷してしまい、商品自体を創れない事態になってしまったのです。
その結果、多くの取引先に対して、期限までの商品を引き渡しができなくなり、業績は大きく傾きました。
- 私
-
(これからどうなるんだろう…)
そんな不安が重くのしかかっていた矢先、私は人事担当に呼び出されて、リストラを宣告されたのです。
リストラを受け渡されたのは、自分だけではありませんでした。
それでも、私は、
- 私
-
「なんで自分なんだ?」
という混乱と、そして強い怒りを感じました。
もちろん、会社が置かれた状況もわかっていました。
ですが、やりきれない感情をどこにぶつけてもいいのかわからず、
- 私
-
「──もう自分を必要としていないのだ、この会社は。」
と思い、なんとか自分を納得しようとしました。
でも、「わかりました」と言うことはできても、心から納得なんて、とてもできなかったです。
その日の夜は眠れずに、(これからどうするんだろう)とひたすら考えていました。
3転職中
「いつまでも、こんなぐずぐずしてはいられない」

退職後に私は、初期のうつ病になりました。
失ってみて、今までどれだけその仕事にやりがいを感じていたか、日々の支えになっていたかがわかり、そしてとても残念に思いましたし、リストラで受けた心の傷も一向に癒えませんでした。
しばらく私の様子を黙って見ていてくれた両親でしたが、ある日、
- 父親
-
「お前にはまだ合う仕事があるんよ。このリストラはお前に新たな道のチャンスをくれたんや」
と話してくれて。
普段あまりそんなアドバイスをする親ではなかったのですが、さすがに今回はと思ったのでしょうか。
でも、そんな親の口調から、私のことを本当に心配してくれていることが伝わってきて…。
- 私
-
(…そうだ。いつまでもこんなぐずぐずしてはいられない)
と心に思い、ようやく私は就職活動に踏み切りました。
活動は、転職エージェントのエン転職を利用しました。
毎日新鮮な求人をメールで知らせてくれて、それから私は朝食を食べた後求人情報を閲覧することが日課になりました。
かつ、エージェントの方は私に合った求人を選抜してくれて、「この企業さんとかどうですか?」と紹介してくれました。
とてもありがたかったです。
そして私は、一社内定を得て、無事転職活動を終えられたのです。
4転職後
転職後の新しい職場で、待ち受けていた状況は──。

転職先の会社は、旅行代理店です。
もともと旅行にとても興味がありましたので、求人情報を見たときに「ここで働きたい」と思ったのです。
転職できてその後は何不自由なく──であったら良かったのですが、入ってからも大変でした。
まず、給与が前職と比べてとても少なかったです。
もらったお金はほとんど生活費でなくなってしまい、趣味に使えるお金などあまりありませんでした。
更には、私の指導員は年下の社員でした。
当時私は25歳での入社でしたので、仕方のないことなのでしょう。
入った当初は、かなりストレスが溜まり、発散のしどころもなく、悶々とした日々が続きました。
転職というのは、入る前も後も大変なものなのだな、と思いました。
ですが、仕事が慣れてくるにつれて、少しずつ旅行代理店の接客のやりがいや楽しさも感じられるようになって。
「いろんな人に一生心に残る旅行にしてもらいたい」「旅行の計画が満足いくものになるように、少しでもお手伝いしたい」──対面するお客様と接していくうちに、そんな想いも出始めてきました。
おそらく、「やりがいのある仕事」というのは、どんなに辛いことがあっても仕事を続けられるような、「目標」ができることなのでしょう。
そして私は、その目標が自分の中で少しずつ形成されていったのです。
今ではもうだいぶん仕事に慣れました。そして、前職のようにやりがい、働き甲斐を感じながら業務を行えています。
5その後、どうなったか。
転職を振り返って、今思うこと。──そして、リストラのこと。

転職を振り返ってまず思い出すのは、やはり「リストラ」を受けたことです。
リストラとは、たとえ会社がとても有能であったとしても、そしてその人がどんなに会社に貢献してきたであったとしても、起こりえるもの──そう私は捉えています。
ですが、親が言った通り「その人にとってやりがいのある仕事は、ひとつではない」のでしょう。
私はリストラをきっかけに、初めて他の職種のやりがいを感じることができました。
リストラが良いものだというつもりはありません。
実際に自分がそれを受けた時の辛さは、本当に何ものにも形容しがたいです。
ですが、人生を長い目で見たときに、その不幸はもしかしたらこれから将来にむけて新しいやりがいを見つけていくうえでの「きっかけ」になるかもしれません。
私の親は、そのことを教えてくれました。それはとても幸運なことでした。
ですので、もし私と同じような境遇の方がいたら、その「きっかけ」に、目を向けていってほしい──そう思っています。
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