『みんなの転職「体験談」。』
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私の転職体験談:休職して1年間の海外留学。求めていたのは、「新しいことへのチャレンジ」

転職前

BEFORE
職業
インターネット広告
職種
ディレクター
従業員規模
100名程度
年収
会社名

転職後

AFTER
職業
インターネット広告
職種
ディレクター
従業員規模
3000名程度
年収
会社名

目次

じゅん子さんの転職ストーリー

1これまでの私

1年間のカナダでの語学留学。

カナダでの語学留学風景

転職するちょうど1年前、私は語学留学カナダの地にいました。

留学のきっかけは、もともと、海外の音楽や映画に影響を受けてきて、ずっと”憧れ”があって、職場が海外事業をはじめ、社内に英語が飛び交うようになってから、その憧れが強くなっていたのです。

あとそれから、「海外の文化」に触れたいとう気持ちもありました。

留学する前、私は当時勤めていたインターネット広告の会社を休職しました。

新卒で入った会社だったんですが、6年間勤めて段々と「これから先」が見えなくなってきていて。

更にスキルアップしたくてもその機会はなく、段々と業務内容自体についても

(これが私のやりたかったことだったのだろうか)

と悩むようになりました。

そんな時期がしばらく続き、「一年くらい休職して、海外に行けたら」と思うようになって。

その想いはどんどん強まっていって、とうとう私は、会社の上司に話して、「1年後に戻ります」と約束をして、カナダに飛び立ったのです。

◇ ◇ ◇

カナダでの1年間は、ひとことで言うと「めちゃくちゃ楽しかった」。

勉強も沢山しました、それから路上ライブもやったり。

あるときは他の留学生たちと一緒に授業をさぼって、公園に行ってバトミントンをやったり──ということもありました。

不思議なもので、環境が変わると「これまでの社会人の自分」では考えられないことをするんです。

先生にいたずらをしたり、みんなと羽目を外したり。

それはもちろん、褒められたことではないのでしょうけれど、それでも「自分らしさ」を強く感じられて。

(ああ、きっと自分は、こういう生き方を求めてたんだろうな)

と思いました。

ですが、期日の1年間は刻々と迫ってきていて。

「ずっといよう」とも考えましたが、私の留学1年程度の語学力ではアルバイト程度でしか働けません。

それに、元の会社にも「1年したら戻る」という約束をしていましたし。

そして私は、1年後、現実の世界──つまり日本に、予定通り帰国しました。

2転職のきっかけ

日本に戻って、「また同じところで働くか」で悩んで。

復職後の企業面談

日本に戻ってからは、休職中の職場に「戻るか戻らないか」で悩みました。

留学前の元の状態に戻ったとしたら、私のあの1年間は何だったのだろう、、と。

そして、悩みながらも、会社に行って復職に向けての面談を受けました。

面談に立ち会った上司の方は、優しく私を迎え入れてくれました。

ですが、その際に私は、当初復職後に異動したいと思っていた海外展開の事業部が、閉鎖されたことを知ったのです。

1年間の海外留学を経て、気づいたこと──それは、私が今求めているものは「新しい様々な経験」だったということでした。

そして、(その求めているものは、海外展開の事業部の環境にあるかもしれない)という淡い期待を持っていました。

(これまでと同じ役割で、同じ経験しかできないのだとしたら、いっそ「新しい職場」を探した方が良いのかな…)

そんな想いも強くなり、面談を受けた後も、大分悩みました。

一方で、休職の願いを受け入れてくれた会社の人たち、「待ってたよ」と言ってくれた同僚の人たちもいて・・・。

でも結局私は、元の会社に復職はせず、そのまま退職する道を選びました。

一年間留学して、私は「新しいチャレンジをしたい」とう気持ちを強く持てました。

その気持ちを大切にしたい、無駄にしたくない──そう思ったからです。

3転職中

留学経験をアピールポイントに、転職活動をしてみたもののの──。

転職活動中のイメージ

転職活動は、英語のスキルが活用できて、「海外での仕事ができるところ」を探しました。

旅行系の会社であったり、海外展開の活性しているIT企業であったり。

たくさん応募しました。

ですが、決まりませんでした。

決まらなかった理由の一つとして、私の「1年間の留学経験」くらいでは、殆ど何のアドバンテージにもならなかったのです。

それら業界では、留学経験しているひとは沢山いて「特に珍しくない」状態でした。

面談の席では、採用担当から

採用担当

「留学したから、何だというのか」

という暗のメッセージが伝わってきて。

次第に私は、面談の場で留学の経緯を隠す(言わない)ようになってしまいました。

そうすると、それからの転職活動においては、自然と前職まで培ったスキルがアピールポイントになっていって。

受ける企業は前職と同じような「インターネット広告業界」の割合が多くなっていきました。

(本当に、このままで良いのかな・・・)

そんな風に悩む日が多くなっていきました。

それでも、とにかく行動を起こさないとと、ある日受けた企業が、国内で有数の会員数を持つインターネット企業で。

ビッグデータを扱ったサービス企画も視野に入れている」という点に、非常に魅力を感じました。

更には、面談に出られた採用担当の方が、私のこれまでの働き方に強く共感してくれて。

まさに、意気投合、そしてめぐりあわせという言葉がぴったりくるような面談の場でした。

面談を終えての帰りの電車の中で、私は「採用」の連絡を受けました。

4転職後

転職先の新しい職場で、待ち受けていた環境は──。

転職後の職場

転職して、新しい職場に通い始めてからまず感じたことは、「職場の人間関係の悪さ」でした。

インターネット企業ではよくある風景なのですが、「営業」チームと「運用(開発)」チームの関係が良くなかったのです。

サービスを創り上げ、改善していくのは「運用(開発)」です。それがなければ会社自体成り立ちません。
一方で、そのサービスを顧客に紹介して、売っていくのが「営業」。営業の存在がなければ利益も出ないので、やはり会社の存続には欠かせません。

私の会社では、運用の方がややパワーバランスが強くて。
当時、営業チームは若手ばっかりだったんですよね。それに対して、運用チームの方々は古参メンバーが多く。

よく、営業チームの若い子が運用チームの人に怒られる風景が見られました。

私は、3ヶ月間の期間限定で営業チームに配属し、その後運用チームに移る予定でした。

営業と運用の関係性について課題を持っていた私の上司が、ゆくゆくはその改善をしていくために「まずは両方の環境を知ってほしい」とそのような采配をされたのです。

営業チームとして活動している間、私もまたご多分に漏れず、運用チームの方々に叱られました。

お客様と話して「こんな演出ができたら良いですよね」と意気投合してできたプランを持ち帰ったら、運用チームからは「その演出はルール違反だ」と言われて。

大企業ならでは──というところもあったのかもしれませんが、とにかく守らなくてはいけないルールが多かったんですよね。

一連のルールをまとめた資料も、分厚いマニュアル本みたいになっていて。

運用部のチームからは、そのマニュアル本をペラペラとめくってとっても小さい字で書かれている箇所を指さして、

運用部

「ほら、ここに書いてあるじゃない。──なんでお客さんにルール以外のことを約束しちゃうの?」

と、詰められることが何度もありました。

◇ ◇ ◇

「大変だなあ…」と思いながらも、確かに運用チームの方々がルールを大切にする気持ちもわかりました。

これまで培ってきた会員の方々に対して、公平に誠実に、かつトラブルなく対応していけるために出来上がっていったルールです。
それを無視してしまえば、いずれ会員となってくれた方々も去って行ってしまうことも出てくるでしょう。

ですが、それらルールの中には、「本当にこのルール必要なの?」と思えるものがいくつもあって。

そして私は、「ルールだからダメ」で済まされるのが納得できませんでした。

だって、ルールにはそれが出来た理由があるはずだから。
「守るべきはその”理由”であって、ルール自体はむしろ変化(ブラッシュアップ)させるべきと思っていたからです。

そのルールを愚直に守ることによって、もしかしたら少なくない機会損失を出しているかもしれない──そんな考えを持ちながら、私は運用部の人たちに「ルールの妥当性」について相談してみました。

──案の定、運用チームの方々からは煙たがられましたね。
なかには逆切れしてくる人も出てきたり。

段々と私も、保守的でなかなか分かってくれようとしない運用チームの方々に戦闘モードになってきて笑。

ちょうどその頃、入社して3ヶ月が経過して私の「営業」チームとしての仮配属期間が満了しました。

新しい行き先は、それまで戦っていた「運用」チームです。

私はわかっていたことでしたが、運用チームの方々は私の配属にひどく驚いたみたいで。

運用部

「爆弾がやってくる」

──そんなことを言って噂されていたのを、私は大分あとになって知りました。

5その後、どうなったか。

転職して二年が過ぎて、今の私の状況と、そしてこれから目指していきたいこと。

仕事の合間の、ブレイクタイム

運用部に配属されてから、どうだったかというと、──最初は大変でしたが、段々と「働きやすい」状況に変わっていきました。

きっかけは、運用チームのリーダーの方が非常に理解のある方で。

かつ、お互いに「飲むのが好き」という共通の嗜好もあって笑。

飲みにケーションを取りながら、私は今の運用チームと営業チームの課題についてリーダーと話し合う機会を沢山持てました。

リーダー

「たしかに、うちのチームのメンバーは頭固いところがあるよね」

リーダーも私が感じていた課題を以前から感じられていたようでして、私の想いにしっかりと耳を傾けてくれました。

その後、運用チームに「営業支援」という概念が出来ました。

文字通り、運用チームが、営業チームの人たちのことを支援していくための取り組みです。

これまでは、クライアント(顧客)の窓口は営業が担い、運用は営業の話を通してクライアントの意向を確認します。

ですが、営業チームは運用チームほどサービスの技術的な知識を持っていないことが多く、また運用チームは直接クライアントの話を聴くことが出来ないので、その伝達ルート中で情報の齟齬や適切なソリューション提供機会のロスが生じることが多かったのです。

「営業支援」は、クライアントとのコミュニケーションを、運用も営業と一緒に直に取れる機会を持つ、という取り組みでした。

そして、その営業支援の役割を任せられたのが、私でした。

営業支援の取り組みが1年程続いて、段々と営業チームと運用チームの理解度が増していって、そして関係性もまたどんどん改善されていきました。

要は、営業も運用も互いに自分たちだけでは処理・判断しづらいポイントがあって、それらを両チームが協力し合うことによって対処されやすくなっていったのです。

いくつかの非効率的であった業務フローが改善されていき、それは業務スピードと、そしてクライアントからの満足度にも繋がっていきました。

◇ ◇ ◇

転職して、早二年が経過しました。

今私は、リーダーから次のステップに向けての指導を受けながら、より「企画」に関われる仕事に自身のウェイトを置いていこうと取り組んでいます。

目指していきたいことはいくつもありますが、そのうちの一つとして「メンバーが持つ『単純作業』を無くしていくこと」を考えています。

AIが人の仕事を奪う」と言われて久しいですが、私の会社においても上層部の方々は「いずれはこれだけの規模(人数)は必要なくなるだろう」ということを話されています。

そういった危機感ももちろんありますが、私がそこで大切にしたいと思うことは、「単純作業がなくなったとき、ひとりひとりが自分の頭で考え、想い、行動に移す機会」です。

人は、もし「作業員のままでよい」と思ってしまえば、(たとえAIの出現によって、雇用先が減っていったとしても)一生そのまま過ごすことは可能でしょう。

ですが、きっとその先に待っている「経験」や「様々な恩恵」は、これから先の社会ではどんどん乏しくなっていくのではないでしょうか。

私が転職前にカナダ留学して感じたことは、「自分らしく生きることの素晴らしさ」でした。

そして、転職後に直面した運用チームと営業チームとの確執においては、「マニュアルだけに捉われることの無い、互いを信頼しあう共働の大切さ」を再確認することができました。

それらはすべて、「単純作業」では得られない貴重な経験です。

私自身、これからもそういった機会・経験を沢山持っていきたいし、周囲の人々にもまた、同じような環境を提供していける──そんな働きかけが出来たらな、と思っています。