『みんなの転職「体験談」。』

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私の転職体験談:印刷会社から公務員!そして、北海道へのUターン転職。視野が5倍くらい広がりました。


30

転職前

BEFORE
職業
印刷会社
職種
営業
従業員規模
5,001名以上
年収
400万~450万
会社名

転職後

AFTER
職業
教育・保育
職種
大学職員
従業員規模
501~1,000名
年収
400万~450万
会社名

目次

ダブダブさんの転職ストーリー

1これまでの私

公私ともに充実しつつも、「いつかは地元の北海道に戻りたい──」という想い

都内の大学を卒業後、新卒で印刷会社の営業職として就職しました。
記者志望で就職活動をしていましたが、全落ちだったため、伝える仕事をしたいと考え、マス、ダイレクト、パーソナルすべてのコミュニケーションが強みである大手印刷会社に就職を決めました。

自分の性格は真面目で、何事にも相手の気持ちを考えることを大切にしていたように思います。

また、小学生の時からバスケットボールを続けており体力に自信があったので、激務と言われるメディア業界で自分を試したいと考えていました。

働き始めた頃は、学生時代から長く付き合っている女性がいて、24歳の時に結婚しました。
当時は純粋に仕事を覚えるのが楽しく、自身の業績はそれほど意識せず、どちらかというと顧客満足というか、「相手の期待に応えること」が仕事のやりがいでした。

毎日23時近くまで働いていたが、土日はほとんど暦通り休みでした。私はオンオフの切り替えをしっかりするタイプで、終業後や週末は気を許せる人と食事をしたりアクティビティを楽しんだりしていました。

22歳から25歳くらいまでは、そんな風に毎日を過ごし、公私ともに充実して、日々成長を感じることも出来ていました。

ですが、その一方で、「いつかは出身の北海道に戻りたい」という気持ちもあって。当時の職場は転勤がない会社だったこともあり、「ずっとこの職場で働くことはないだろうな、いつかは転職するだろうな」という思いを抱えながら毎日を過ごしていました。

2転職のきっかけ

「ここでずっと勤めていたら、自分の人生を無駄にする」と考え転職を決意

転職のきっかけは、とある事件がきっかけです。
それは、自分と同じクライアントを担当していた同僚が、不適切な売り上げ処理を行い、営業成績が良く見えるように偽っていた──というものでした

そこから私にも疑いがかかるようになり、自分が担当している受注案件の証拠書類チェックなど、不必要な業務が極端に増えました。同時に営業成績の不振をとがめられるようになり、個人のミスを個人の責任と押し付ける体制が強まってきて、そんな状況に嫌気がさしたのが、転職しようと思ったきっかけです。

また、私の上司も元来優しい人だったのですが、そんな事件もあってか、または中間管理職としての辛さから、どんどん余裕がなくなっていき、そして部下である自分たちも含めて、社内に悪い雰囲気が蔓延していきました。

「どれだけ頑張っても会社の体質に合わせていかないと、ここでは生きていけない。ここで40年間勤めるのは自分の人生を無駄にする」と考えた末、とうとう転職活動に踏み切りました。

3転職中

妻にエントリーシートのチェックや面接のロールプレイを手伝ってもらって──

転職活動を始めたころは前述のような状況だったため、会社に勤めながら転職活動を進めました。

転職活動でまず行ったことは、社内で営業職から企画寄りの営業職に異動を申し出て、時間にゆとりを作ったことでした。

寝ても覚めても仕事のことを考えなければならない現状を変えていこうと考え、職探しは「社会に影響を与えられる環境で、かつ、思考する時間が確保できるような職場で、生まれ育った北海道に自分の経験を生かして働きたい」と考えました。同時に、リクナビなどの就職サイトで情報収集を行っていきました。

過去の大学時代においては就職活動に敗れていたため、うまくいくか不安だったのですが、妻にエントリーシートのチェックや面接のロールプレイを手伝ってもらい、とても助けられました。

とても幸運だったことは、たまたまホームページを見ていたら大学の正規職員の求人があり、運よく採用となったことでした。

公務員試験受験を除くと、実質3か月で転職活動を終えることが出来ました。
そして採用決定後は、就業規則通り45日前に退職願いを出しました。特にトラブルなく承認され、円満退社に近い形で転職を完結できました。

4転職後

今回の転職は、私にとっての「挑戦の場」!

新しい職場では、北海道にある大学ということで、昔ながらの企業風土が残っているところでした
「長く勤めている人が偉い」「長いものには巻かれておけ」「従順な人が優秀な人」などです。

効率という言葉はなく、マーケティングという言葉もなく、狭い世界で自分のプライドを守るためだけに働いている、そんな人が多く残る職場だったのが印象的でした。
こう書くと、転職は失敗したように見えるかもしれませんね。ですが、自分の中では「挑戦の場」であると、逆に覚悟を決めることが出来ました。
「北海道」という生まれ育った地域社会に貢献できることが実感できるという確信があったから──、というのも大きかったと思います。

ここで幸運だったことは、上記のようなムラ社会の職場でも「大学をよくしたい」「もっと地域社会に貢献したい」と思っている人も多くいたことです
そういった人との出会いがあり、意見を言い合いながら、共に働くことが出来ました。

不快だったことは、今までうまくいっていた自分の仕事のやり方ですすめようとすると「前例と違う」という理由で否定されたことです。
前例が正しいか検証もせずに、思考停止な考え方で、自分のやり方を否定された時は「こんな時代錯誤な考え方があるのか」と頭を抱えたのが、カルチャーショックでした。

5転職を振り返って

いずれは地元の国立よりも魅力的な大学にしたい、というのが、将来の夢です

大学という組織は、教育基本法や大学設置基準に準じて存在する法人なので、一般企業以上に法令順守が求められます。
法や制度に背く業務は出来ない一方で、法や制度が禁止していないことなら、なんでも取り入れることが出来ます。

また、働いていくうちに、大学職員は「教育を行い若者の育成が出来る」こと、そして「研究者の助けとなり日本の研究を発展させられる」職業であることに気付き、働くことに更に誇りを持てるようになりました

今私は、「大学と地域自治体をつなげる役割になりたい」と考えています。一般企業でも「経営の多角化」という言葉があるかと思いますが、大学においては学生募集が経営の核となっています。
学生募集だけでは人口減があり経営が立ちいかなくなるだろうという未来が見えてきている中、「収入の軸をもう一つ作る」というチャレンジについても同時に考えています。そして、いずれは地元の国立大学より魅力的な大学を作っていきたい、というのが、将来の夢です。

30歳の今でも課の中で職位が一番下、という古い職場ですが、自分からのボトムアップで刺激を与え、良い職場にしていきたいと考えています。

今回の転職活動について、ワークライフバランスを整えることが出来たのも、非常に良かったと思っています。

子供が生まれ、生まれ育った北海道で子育て出来ることもあり、生活がますます充実しています。仕事も家庭も、多くの時間をかけて、自分を成長させていきたいと考えています。

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