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私の転職体験談:人材紹介会社で10年働いて、今思うことは「もっと未来を【選べる】人生」にしていくこと。


10

転職前

BEFORE
職業
医療系人材紹介
職種
営業
従業員規模
301~500名
年収
500万~550万
会社名

転職後

AFTER
職業
人材紹介
職種
営業
従業員規模
5,001名以上
年収
650万~700万
会社名

目次

ゆうたながさんの転職ストーリー

1これまでの私

1社目、2社目と苦労して、3社目でようやく結果を出せました

当時は31歳。同年の妻と、6歳、4歳の子供がいる中での転職でした。

少し昔の話からですが、
私の父は転勤族でしたので、私はそれぞれの土地で上手くやれるよう、自分でいうのもなんですが、順応性が高い(周りの目を気にする?)人間に育ちました。

高校までは野球に勤しみ、大学体育会部にて、主将を務め日本一を目指していました。

大卒後、大手独立系不動産会社に入社。福岡配属で5年弱勤める間に会社はリーマンショックで傾き、首を切られました。

その後外資系の保険会社に入るも、全く歯が立たず、僅か5ヶ月で退社。なけなしの自信は、ここで粉々に打ち砕かれました。

それだけならまだしも、実は1社目のときにマンションを購入しており、そして2社目を退社するときは上の子は1歳半、下の子は妻が妊娠中で、、、・・・状況としてはかなり厳しいものでした。

3社目、何とか拾ってもらった医療系人材会社にて、いよいよ後がない状態でしたので、背水の陣で必死に努力しました。

そして、ここでようやく、結果を出す事ができたのです。

「人材紹介」という仕事をしていく中で、自分の「人好きな性質」がうまくマッチして、それに助けられたところも大きかったような気がします。──それから福岡支社で4年程活動し、その後東京に異動をしました。

2転職のきっかけ

「自分はこのままで良いのだろうか?」と、考えるようになってきて・・・

東京に異動してから、私は段々と、「自分はこのままで良いのだろうか?」と、転職を考えるようになりました。──その理由は、大きく3つあります

・1つ目の転職理由:組織のこと
今回の会社はリクルートのグループ会社だったのですが、親会社からの出向者が多く【上が詰まっている状態】が続いていました。
出向される皆さんは、優秀な方も多かったのですが、そういう方は任期が満了されると本社に戻るんですよね。で、どちらかというと優秀でない人達がそのまま残って、そして上のポジションで固定してしまっている、、、そんな状態でした。

・2つ目の理由:仕事内容のこと
当時の業務は、主に看護師に特化した人材紹介でして、最初は非常にやりがいを感じていました。ですが、仕事に慣れてくると、だんだんとルーティン化してきてしまって、、、
成果を出した後、ノウハウをまとめるなどのことも行いましたが、なんとなく一服感というか、ひと段落した気持ちになってしまい、飽きを感じてしまいました。

・3つ目の理由:待遇のこと
当時の会社では、リーダーで550万円、マネージャーでも600〜650万円。まあ、平均からすると給与水準は高い方だとは思いますが、それ以上上の給与レンジはきちんと用意されていないようで、なんというか、大きな夢を描きにくいな、、と感じるようにりました。
また、組織が大きくなるにあたって、段々とインセンティブやボーナスも少なくなっり据え置きになったりと、「踊り場感」も強かったです。

──これらの理由から、私は転職への意思を固めていき、そして転職活動を開始しました。

3転職中

転職活動で苦労したのは、「面接の活動時間をどう作るか」

家族がおり、待遇面を落とすと言う選択肢はなかったため、今まで成果を出してきて自身を売り込める、人材系か医療系の仕事で絞って探そうと考えました。

活用した転職サービスは、リクルートエージェントと、DODAです。

リクルートエージェントは悪くなかったですが、電話だけの対応だったのがちょっと不満でしたね。DODAの方は、対面のカウンセリングの機会もいただき、しっかりと入り込んだサポートをしてくれました。

転職活動で苦労した点は、「面接の活動時間をどう作るか?」ということでした。日中はオフィスにいてなかなか時間が取れなかったため、あまり活性した活動ができなかったです。結果、面接は4件しか受けられませんでした。

ですが、そのうちの一社から内定をもらい、転職を決めることができました。
運の良いことに、その内定をもらった企業に、前職で知り合った人がいたのです。その方に、職場の雰囲気や働く内容を聞けたのはとても心強かったです。

4転職後

転職後は、非常にプレッシャーを感じる日々でしたが、同時に学びも多かったです。

今回の転職先の企業は、前職と同じ業界の企業。いわゆる、経験者採用です。ですので、私自身も「早いタイミングから成果を出していけるだろう」といった期待はありました。

ですが、新しい職場は以前よりもかなりスピード感のある働き方をされていました。なんとかついていくのが精いっぱいで、それでいて周囲の方々は変に私への期待感が高かったりと、大変でしたし、かつ、非常にプレッシャーを感じる日々でした

そんな苦労が続く毎日ではありましたが、組織としての改善スピード(働き方改善や、社員の自主性を重んじるような施策)はとても勉強になりましたね。
あと、先輩社員が適切にフォローしてくれるのにも助かりました。

その他前職と大きく異なった点では、組織のトップの方々が明確に組織ビジョンや方向性を打ち出していたことです。非常に、心強さや安心感を感じられました

5転職を振り返って

いずれ、先祖代々の田舎に帰る予定でいます。

転職を振り返って、一番残念に思うことですか?──それは「転職時に、もっとたくさんの企業に応募をすればよかった」ということですね。

私が応募したのは、わずか7~8社です。そのうち4社まで面接に辿りつき、更にその中で1社内定をいただけた──という流れでした。

「もっと活動量を増やして、例えば倍くらい多く応募しておけば、もっといろんな企業を知れて比較できたのにな、、、」と、後になって感じています。

もう一つは、やや被るところもありますが、「思考をあまり深めることがないまま、転職活動を終わらせてしまった」ということです。
やりがいや仕事内容はもちろんのこと、待遇面、働く時間、職場の雰囲気や企業文化など、もっと情報を取りに行くべきでした。
当時の私は、やや感覚的な判断・意思決定になっていたところがあって・・・もっとしっかり比較検討して、本当に自分に合う職場はどこか、しっかり考えたかったですね。


実は、いずれ先祖代々の田舎に帰る予定でいます。
そして現在の私の目標は、「自分のキャリアをもっと【選べる】未来にしていくこと」です。
また、一つの仕事に縛られない、いわゆる「パラレルキャリア」を目指していきたい、そう考えています。

イメージでいうと、
先祖代々の田舎で農業を営む自分、
クラウドワーカーとしての自分、
妻の仕事のサポーターとしての自分、
地域のサークルに参加している自分、
子供の学校の保護者としての自分、
大学の部活OBとしての自分、

──といったように、いろんな自分がいて、そしてその中で様々な年齢層、価値観、考え方をを持った人達と出会い、ワークライフバランスが取れた生き方をしていきたいく──、そんな、イメージです。


▽ゆうたながさんの利用された転職サービス

サービス名 リクルートエージェント
特徴 転職後の利用者満足度によると、99%の方が「満足」!20代~40代まで幅広い利用者の方からの高い満足を実現する、業界最大手の転職エージェント。
企業名 株式会社リクルートキャリア(1977年11月)
サービス名 DODA(デューダ)
特徴 全国対応、かつ国内トップレベルの膨大な求人数!

すべての業種・職種を網羅した求人情報だけでなく、キャリアアドバイザーの良質なサポートで、転職成功者の実績も多数の、初めに登録しておきたい鉄板の転職サービスです。
企業名 パーソルキャリア株式会社(1989年6月)

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