転職体験談:アパレル販売員からwebディレクターへ新しい職種へのチャレンジ!
転職前
- 職業
- 美容・ファッション
- 職種
- アパレル店員
- 従業員規模
- 51~100名
- 年収
- 200万~250万
- 会社名
転職後
- 職業
- IT・コンピューター
- 職種
- Webディレクター
- 従業員規模
- 51~100名
- 年収
- 300万~350万
- 会社名
目次
いとうさんの転職ストーリー
1これまでの私
30歳まで漫画家を目指すも、地元に戻りアパレル販売員に

小さい頃から絵を描くのが好きでその思いを持ったままくすぶっていたのですが、24歳の時に東京のデザイン専門学校がマンガコースを新設するという広告を見てデザイン専門学校に通うため上京しました。
卒業後した時に30歳まで頑張ってダメなら諦めると目標を立てていましたが、残念ながら漫画家の道は目が出ず、祖父の遺産整理の事もあり、その解決と身辺整理をするため地元に戻ることに。
地元の大型ショッピングモール内に出店している、メンズファッションブランドのアパレル販売員として働きつつ、休日は親族と遺産整理の手続きや話し合いをする日々が続きました。
もともとファッションは好きで漫画家を目指していた時もアパレル販売員のアルバイトをしていたこともあり、職場も気が合う仲間に恵まれ、仕事自体は楽しかったです。
ですが、やはりアパレル業界は若い人が多く、また給与も低かったため、自分の年齢も考えると今後の身の振り方についてはずっと悩んでいました。
東京で通っていたデザイン学校では、Photoshopなどの技術を学んでおり、漫画家を目指していた時にも契約社員や業務委託でweb制作の仕事をしていたことがあり、その経験から
- 私
-
(自分が今まで学んだことを、もっと活かせる仕事があるのではないだろうか・・・)
という思いがどんどん募ってきて。
それまで経験したweb制作業界で、デザイナーからディレクターへキャリアを積んでいきたい、いけるのでは?──と、考えるようになっていきました。
2転職のきっかけ
仕事に対するモチベーションの低下

web制作の仕事に惹かれつつも、アパレルの仕事は楽しいものでした。
しかし、それは業務に限ってのことでした。
業界全体的に給与が低く、また地方でもあったためそれが顕著で、毎日の生活でいっぱいになってしまい、モチベーションの維持はかなり難しいものがありました。
「学んだ技術を活かした仕事をしたかったこと」「東京での最初の勤め先がwebサイト制作会社であったこと」これらも理由ではありますが、アパレル販売員より給与が高く安定しているweb制作会社への転職を強く考えるように。
また祖父の遺産整理の手続きや対応も精神的に疲れる原因でもあり、ようやく解決した時には地元から離れて静かに過ごしたい心境にもなっていました。
そのため、祖父の遺産整理が解決してすぐに、転職活動を始めました。
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3転職活動中
最初はうまくいかなかった転職活動

地方では当時web制作の求人を探すことは、東京で探すよりずっと大変でした。
ハローワークで相談しても良い返事はなく、求人雑誌などにもweb制作の求人がない。
その上、当時はまだ会社の採用サイトという考え方があまり広まっておらず、インターネットで探すことさえ困難でした。
転職エージェントという概念も当時は全く知らず、一人で転職活動を進めていかなければならず手探り状態。
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とにかく希望の職種の求人さえ見つからない状態で、いざ転職活動を始めたといっても全く進展のないまま数週間。
転職活動がうまくいかず焦りが見えていたころに、たまたまインターネットでweb業界の求人に特化したサイトFindJobを見つけたおかげで、ようやくweb制作業界への転職を進められる兆しが見えました。
幸運だったのは地元が愛知県に近く、愛知県であればFindJobで求人を出している会社が多数あったことです。
ビデオチャットなどもまだ普及していなかったため、面接へ赴くための交通費がネックだったのですが、近くの県での求人だったので助かりました。
ちょうどweb業界全体が人手を欲している時期でもあり、すぐに転職先が決まったことも幸運でした。
4転職後
新しい職場で、待ち受けていた状況は。

転職後の会社は愛知県でも大きなweb制作会社であり、デザイナーもレベルの高い方が在籍していました。
入社当時はデザイン業務を中心に任される予定ではあったのですが、ずっとデザイナーとして活躍されてきた方と比べるとどうしても自分のデザイン力は見劣りするところがあり、なかなかうまく仕事をすることができませんでした。
しかし会社に在籍しているデザイナーの人数や層が厚かったおかげか、入社当初から目指していたディレクターへの転向がすぐに判断されることに。
その時、世話役になってくれた元エンジニアの上司の方から、
- 上司
-
「君はエンジニア気質なところもあるね、よかったら他のディレクターが持ってないエンジニアの知識を武器にしたディレクターを目指してみないかい?」
とアドバイスとも誘いともいえる声をかけられました。
これをチャンスととらえ、デザインからエンジニアの部分までオールマイティに活躍できるディレクターとして、他と差別化のできるキャリアをスタートさせることにしました。
当然、ディレクター職もエンジニアの知識もほぼ素人状態での出発であったため、いくつも失敗をしました。
ですが、それもフォローできるような体制であったため、世話役の上司やディレクターやエンジニアの先輩が教えてくれることを真摯に受け止め、次に活かしていけました。
厳しいこともたくさん言われましたが、それ以上に得ることがあり、意識の高い会社というのは自分の成長にもつながるのだと強く感じました。
5その後、どうなったか。
転職を振り返って、今思うこと。これから、目指したいこと。

今回の転職は、アパレル販売員からweb制作ディレクターという形態が大きく変わる経験です。
お客様を喜ばせるという目的は同じですが、ディレクターという管理進行を調整する役割ならではの「他のメンバーへ仕事を依頼する」ことの大変さと大切さを身にしみて感じています。
アパレル販売員であった頃は自分で売り上げを立て、実際に現実のモノが売れるという手応えを直に感じることができました。
一方web制作の仕事にはモノがなく、個人のノウハウや技術といった目に見えないものをサービスとし、その対価を人件費としていただくという形であり、最初は戸惑いもありました。
ですが人件費がそのまま売り上げにつながるため、時間というものに関して注意して考えるようになりました。
会議の時間や打ち合わせなど、電話一つにしても「相手の時間をいただいている」という意識をもって、必要なことのために時間を使おうという心構えが身についたのではないかと思います。
web制作会社では最先端の技術情報に触れることが多いため、作業の効率化や自動化といった「人間がやらなくてもいい仕事」と「人間がやるべき仕事」といった切り分け方や考え方を知ることができたのも良かった点です。
また、情報の共有やコミュニケーションは電話やメールが主だったころより、格段に取りやすくなっているので、そういったことも手軽にまた間違いがないようにできるように、新しい仕組みも考えたり取り入れていけたらよいなとも思います。
昨今は時間が合わなかったり距離が離れているために一緒に仕事ができなかった方とも、テレワークなどで仕事ができる環境ができているので、そういった新しくできるようになった事を探し出して、役立てていければと。
今後の仕事や活動に関わるかはわかりませんが、学生支援にも何かの形で協力ないし携わるチャンスがあれば、できればチャレンジしていきたいと考えています。
今まで培ったディレクションのスキルを活かしつつ「人間がするべき仕事」から「したい仕事」をたくさんできるような活躍をしたいきたいです。
仕事のことばかりになってしまいましたが、仕事と同じくらいに自分の趣味や余暇の時間も大切だと考えているので、そのためにも様々な情報や技術にアンテナを張りつつ、今ある仕事をより効率的にする方法を考え実行していきたいです。
これからも自分が学ぶこともそうですが、他の人にもその情報や知識を共有していくことや、学びの手助けになることにも関わっていきたいです。