『みんなの転職「体験談」。』
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食品メーカー営業から医療機器メーカーへ。後悔はないけれど、転職して前職の良さも知れた。|私の転職体験談

転職前

BEFORE
職業
食品メーカー
職種
営業
従業員規模
900名
年収
350万円

転職後

AFTER
職業
メーカー
職種
営業
従業員規模
2,000名
年収
400万円

目次

なべさんの転職ストーリー

1これまでの私

食品メーカーで営業として働いて。

イメージ図:食品メーカーの営業職

大学を卒業してから、食品メーカーの営業として4年11か月働いてきました。

入社して半年間の研修期間は、実際に自分たちが営業でお客様に売る商品を知るために、製造現場である工場で働いていました。
その後は、転職前まで営業です。

主な取引先は問屋とスーパーで、特売の提案や新商品の提案、チラシ販促のお願いなどを行っていました。
また、必要に応じて販促POP(広告やチラシとは異なり、店舗や店頭などで購買者の購買意欲を高めるためのツール)を作成したり、直接取引先に納品することもありました。

前年の同じ月と比較して売り上げが多かったり、月間予算を達成することへの充実感をやりがいに感じて、仕事をしていました。

また、後輩の育成もモチベーションの一つでした。
これといった育成方針や方法はなかったので、新人育成に関しては担当に一任されていることもあり、基本的には自分のやり方で教えていきました。

育成した後輩がその後、営業活動で上手くいっているのを見ると、

(これまでの自分の仕事のやり方は、間違ってなかったんだな)

――と、育成を通して自分自身の自信を深めていくことができたのです。

家族構成は、両親と私、弟の4人家族で、父は公務員として働いています。
実家暮らしでしたので生活費もそうでしたが、仕事が忙しくて家事がおざなりになっていた私は何かと助けてもらっていました。

2転職のきっかけ

高い個人目標、休日出勤は無給、そして飲み会の経費も出ない。

イメージ図:転職すべきか悩んでいる20代男性

営業職ということもあり、個人の売り上げに対してはかなり厳しく管理されていました。
特に営業部の中でも、私は特に厳しくされていたと思います。

当時私は部内で一番年次が若かったのですが、売上の年間予算が、所属していた部の予算の45パーセントを占めていました。

働いていない名ばかりの役職者もいる中、

(なんで俺だけこんな高い予算がついているんだ?)

――と疑問に感じました。

上司や先輩が割と余裕のある感じで仕事をしている中、私は平日だけでは仕事が終わらないので土日も働いていて。

会社では「土日の出勤は申請しない」という風土があったので、無給で働きました。

(このまま働き続けたら、いつか倒れてしまう…)

相談できる相手はおらず、部署内は私以外全員年次が上のため、ちょっとした愚痴や文句も言えない状況でした。

そして、さらに最悪なのは、得意先との飲み会、ゴルフが定期的にあり、それは全部「自腹」で払うように強制されていたことです。
給料も高いとは言えないので、もちろん貯金なんてできません。

このような状況で、「転職」を考えるようになったのは、自然なことだったと思います。

3転職活動中

熱心にサポートしてくれた転職エージェントの担当者。

イメージ図:転職面談のシーン

転職活動では、いくつかの転職エージェントに登録しました。

転職前の会社での働き方や不満、転職して改善したいポイントなどを伝えた上で、担当者と自分に合いそうな企業を探していきました。

担当の方はこまめに電話やメールで連絡をくれるなど、とても親切丁寧でした。

応募会社への対応連絡についてもすべて代理で対応してくれて、とくにその点に助けられました。もしひとりで転職活動をしていたら、とても手が回らなかったでしょうから。

反面、肝心の私は土日もなく働いていたためメールを貰ってもしばらく放置してしまうことも多くて。

加えて、私が転職活動を行っていた時期は、ちょうど新型コロナの感染が拡大している状況でしたので、求人も少なく担当の方も苦労しているようでした。

仕事のみならず転職活動までしっちゃかめっちゃかな感じでしたが、こんな私を見限らず最後までサポートしてくれた担当の方には感謝しかありません。

結果、医療機器メーカーで営業職を募集している企業から内定を貰えて、私はそこに転職することに決めました。

4転職後

新しい職場で、待ち受けていた状況は。

イメージ図:医療機器メーカーのオフィス

入社したときはコロナ禍の「緊急事態宣言」が出ていましたので、働く上での制約は色々ありました。

会社の売り上げが通常時と比べ落ち込んでいたこともあったので、従業員の稼働を普段の50パーセントに落として稼働している状況でした。

また、営業活動の際は「どうしても現地で話さないといけない」という商談以外は基本外出はせず、オンラインでやり取りをするように言われていました。

業務時間や業務内容についても様々な特例・変則ルールが発信されて、既存社員にとっても負担の大きい時期だったと思います。

ですが、新しい会社では新人の指導・育成に対してしっかりしていたので非常に助かりました。

自分を含めた中途採用の社員に対しても、時間をかけた手厚い研修を行ってくれたのです。

その甲斐あって、様々な研修を受けたのち、私はスムーズに営業デビューすることができました。

これまでと違う商品を扱うことへの不安は大きかったですが、無事ひとり立ちできたことは非常に嬉しかったです。

5その後、どうなったか。

転職を振り返って、今思うこと。これから、目指したいこと。

イメージ図:営業ミーティングの風景

思えば、前職の食品業界については「古い体制から来る堅苦しさ、息苦しさ」を感じていました。

転職の際に思い切って異なる業界を選んだのは、そんな背景もあります。

新しい職場では、社員の年齢層も若く、上司を役職で呼ばなかったり、言葉遣いも緩い感じを受けました。
前職で私が感じていた食品業界特有の息苦しさのようなものはありませんでしたが、最初のうちは新しい職場の雰囲気に違和感や、居心地の悪さを感じることも多かったです。

結局、「古く堅苦しい」と感じていたやり方を、自分自身が一番心地よく感じていたのかもしれないですね。

いちど身についた習慣や感覚を、新しい環境に合わせて変えていくことの大変さを学べた気がします。

今は慣れるのに苦労していますが、もし前職の感覚のまま人生を歩んでいってしまったら、将来きっと後悔していたでしょう。
そう思うと、今回転職を決断して良かったと思います。

◇ ◇ ◇

コロナ禍での転職でしたので、私は現在の会社の「平常時」を知りません。そのことは、ときどき私を不安に感じさせます。

しかし、今はどの会社・どの社員も現在の大きな環境変化に対して臨機応変に対応しないといけないのでしょう。

そういう意味でこのコロナ渦は、どんな状況にでも対応できて、社内からも取引先からも信頼される営業マンになれるきっかけになるのかもしれません。

そして、私は今でも、「売上」に対して営業職としてのモチベーションを感じています。

大きな予算を持たせてもらうこと」のありがたさも前職にいたときより理解できるようになりました。早くそれを達成できる営業マンになって、今以上に会社に貢献していきたいです。

その先は、皆が売上を伸ばしていけるように、部下・後輩への育成ができるマネージャーになりたいと考えています。

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