『みんなの転職「体験談」。』
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転職体験談:46歳で大手運送業のアルバイトに。そこで人間不信に陥りました。

転職前

BEFORE
職業
運送業
職種
運送業務(倉庫勤務)
従業員規模
13,000人
年収
約90万円
会社名
ヤマト運輸

転職後

AFTER
職業
運送業
職種
事務
従業員規模
13,000人
年収
約108万円
会社名
ヤマト運輸

目次

Sfogさんの転職ストーリー

1これまでの私

やりがいもなく、アルバイトとして働いて。

イメージ図:やりがいもなく、アルバイトとして働いて

家族構成は父と母と私の3人(妹は大学時代からずっと東京、一時期、地元で仕事していたけどまた東京で就職、既婚)


やりがいとか生きがいと言うものはあまり感じていなかったも知れません。当時韓国語の教室に通っていて、そこの韓国語講師(韓国人男性)韓国(語)に関するビジネスをやらないかとから誘われていました。「面白そう」と思ったこともありましたが、その人は、ウソや誇大な自慢話や約束の反故が多かったりして信用できなくなっていたので、断りました。

某ドラッグストアで開店前の商品補充のアルバイトも一時期やっていたけど、『常にイライラむき出しの短気で性格の悪い店長』の標的にされて、ストレスのはけ口にされました。その挙句、使用期間終了後に解雇されてストレスで胃を壊して3カ月も苦しんだりして、何もかもイヤになっていた時期でした。






2転職のきっかけ

ふと目にした求人チラシに、「ヤマト運輸」の募集があって。

イメージ図:

ヤマト運輸の物流基地での仕分けのアルバイトの求人広告が、求人チラシに掲載されていたんです。

それまではヤマト運輸に対して比較的、肯定的でいいイメージがあったから、興味はありました。

それに年末は繁忙期だからと、通常なら1050円の時給が1250円に跳ね上がっていたので、余計に魅力で。

実際に働き始めてからは、物流基地の荷捌きの現場を実質取り仕切っている50歳ぐらいの社員さんからあれこれ気遣っていただいたり、時には厳しく教育されたりして、反発はしながらもどこかで

(この人は、過去に出会ってきた上司とは全く別の人種だ)

と思い始めて、なんとなくの信頼関係が出来始めていました…んですけど、肝心の物流基地の人事課にいる最年長のオジサン社員はそんな私の感情の芽生えなんて全く知る由もなくて。
私が再雇用契約(2カ月に1回の)の希望をしたのに、おじさん達はそれをいとも簡単に、電話口でバッサリと斬り捨ててきました。

それで、そこでの継続しての仕事は諦めさせられた形になって。


でも、ヤマト運輸での仕事は続けたかったので、その時ネットで求人を出していた同社のセンター(営業所)での事務員に応募したわけです。──そしたら、採用されました。
それが「転職」になるかどうか分かりませんけど。






3転職中

ヤマト運輸のパート社員として採用。

イメージ図:ヤマト運輸のパート社員として採用

ネット上の求人サイトに、自宅近くのセンターで事務員(兼・接客担当)の募集が出ていたので、電話で応募しました。

センターでの事務員はパート扱いと言うことで、パートになるには『適性検査』を受けなければならないと言うことで、副支店長から、面接当日にいきなり

副支店長

「今から適性検査するからね」

って前触れもなく突如言われて狼狽したんですけれど、

副支店長

「51%でも自分がそうだと思うならイエスと答えて良い」

と言われまして、適性検査の問題を答える時に。まあ、それで気持ちが救われたと言うかラクになり、無事に適性検査を終えることが出来て、合格しました。






4転職後

先輩のオバサンパートとバトルを繰り広げました。

イメージ図:先輩のオバサンパートとバトルを繰り広げました

不運続きでしたね(笑)

パートの人たちの半分近くは『常に、妙にイライラしていて、短気で、口が悪い』人たちばかりだったので、「物流基地で働いているスタッフとはエライ違いだなあ」と内心、後悔しました。

一番の古株だった人はすごく親切丁寧でキチンとしていて感情も穏やかだったのですが、その人がいない時ばかりを狙って、他のパートさんが『新人である私』に何かとイライラの矛先を向けてきて。しかも口調はキツイく、ヒステリックにキーキー喚くので、精神的に参りかけていました。

ゼロから仕事を教わらなきゃならないのに『キチンとした順序立てた説明』じゃなくて、序章→詳細→結論、と言う説明ではなく、詳細を端折って『結論→序章』みたいな説明しかしなかったり、みたいな。

それなのに、1回や2回しか聞いていないのに(しかも大量の仕事の説明を、一気にババッと畳みかけてくるので、こっちは頭が混乱していて整理がつかない状態)

オバサン
パート

「あのさ、それ、前にも言ったよね?」

・・・みたいな感じで。 (あの、ワタクシ、初出勤から2~3日しか経ってないんですけど!)

しかも一番の古株さんが定年退職した直後からは『風当たりが』もっとキツくなったので、とうとう私はブチ切れて、風当たりをキツくしてきたオバサンパートに「あなたのこういう部分が我慢ならない!」と反論。

そしたらそのオバサン、取り乱して泣き出し、上司の取り成しも制止して自宅に逃げ帰り、長期欠勤?職場から自然消滅しちゃいました。

私も泣かされて帰ろうと思ったんですけど、上司の取り成しで精神的に落ち着いて仕事を続けました。ただどうしてもそこのセンターでの勤務が耐えられなくて別のセンターに配置換えしてもらったので、まあ、ラッキーだったと思います。






5その後、どうなったか。

今思うことは、「自分の時間、自分らしい時間を過ごしたい」ということ。

イメージ図:今思うことは、「自分の時間、自分らしい時間を過ごしたい」ということ

別のセンターにいるパートさんたちは全員が30~40代で、鉄面皮で図々しいオバサン、と言うような人たちではなかったので助かったのですが、この私をそのセンターに配置換えしてくれた(とっても感謝していた)副支店長の本性が顕わになってきてしまって。

『めんどくさいと思った事案や、太刀打ちできないと思った古株パート』に対してはマトモに関わろうともせずに日和見主義・ご都合主義でのらりくらりと躱す人間だってことが分かってしまったんです。 

業務がすごく大量&複雑&煩雑なので一気に覚えられないのに、ちょっとミスしたと言うだけですごく大問題を起こしたみたいな責められ方をされて、いちいち反省文だの始末書だのを書かせられるし、だんだんその副支店長の『ドロドロした暗い部分』が見えてきてしまって。

で、結局、『センターの売上金の金額を端末で間違えて入力し、それをそのまま本部に転送した』だけのことで犯罪者(お金の不正をする問題アリの人間)みたいに扱われ、一方的・強制的に退職させられました…

”初対面で印象が良かったからと言って、やみくもに相手を信用するな、期待するな”と言うことを痛感させられました。物流基地でのアルバイトを強引にでも続けていた方がまだ幸せだったかもと、後悔しました。 

せっかく互いに信頼関係を醸成出来始めていたと思っていたのに…。


◇ ◇ ◇


思えば私は、就職すると大体、『ロクでもない上司』の攻撃の標的になって、可能性も努力も花開かないまま仕事を失い、神経を病み、心療内科に通う…というパターンを今まで何度も繰り返してて。


さすがに今回は心療内科への通院、と言う状況にまでは陥らなかったですけど、『かなりの』人間不信になり、以前よりさらに『他人に対してクールでドライで厳しい』人間性になってしまった気がします。

もう、会社組織になんて属さないで自力でお金を稼いで行こうと。フリーランスで色々な仕事をこなすことで能力の開花と発展を目指し、誰にも支配されずに自分の足だけで歩いていく人生を歩もう、って決めたんです。

出勤時間やシフトやダメ上司によって『自分の時間、自分らしい時間』をジャマされずに、って。


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