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「これからは、自分で稼ぐ方法を見つける時代」ウォーターサーバー営業から証券会社に|私の転職体験談

転職前

BEFORE
職業
天然水販売
職種
営業
従業員規模
400人
年収
600万円

転職後

AFTER
職業
証券会社
職種
営業
従業員規模
2000人
年収
700万円

目次

Y・Hさんの転職ストーリー

1これまでの私

就職氷河期を抜け、なんとか内定をもらって。

イメージ図:ウォーター

私が就活生の時代は、世間でも「就職氷河期」が叫ばれていた最中だと記憶しています。
その波は案の定、私にも降りかかり、就職活動はかなり苦慮しました。

結局、卒業式を過ぎても、内定は決まっていませんでした。

今のようにインターネットも普及していませんでしたから、就活は「自分の足」で進めていかなくてはなりません。

卒業後も大学の就職支援課に通い、ハローワークに通いという日々をしばらく続け、
ようやく一社内定をもらえたのは、「天然水の宅配サービス」を売り込む営業職の仕事でした。

こういう言い方はよくないかもしれませんが、当時の私は

(なんだかパッとしない仕事だな。まぁでも、働き口が無いよりはマシか)

くらいの気持ちで、就職を決めたのです。

天然水の宅配サービスの概要は、まず専用のウォーターサーバーを購入してもらい、それからそこに補充するための天然水を定期購入していただく、というものでした。

飛び込み営業がメインでしたし、一人当たりのノルマも課せられていました。

目標を達成できないと、皆の前でこっぴどく絞られます。
今は「パワハラ」が問題視されていますが、私の時代はまだその流れは無く、精神的にも体力的にも、かなりすり減らされる仕事でした。

あるお宅に伺えば、住人の方に「詐欺師」呼ばわりされ、追い返されることもしばしば。

それなりの規模の会社でしたので同期入社もたくさんいたのですが、働き始めて数年が経った頃、気づくと当時の同期は半分以下に減っていました。

それでも私が何とか勤めていられたのは、そこそこ営業成績が良く、それが給与に反映されていたからです。
ある月では、月給70万円を超えることもありました。

逆に言えば、給与以外に、私がこの仕事にしがみつく理由は何も無かったのですが。

2転職のきっかけ

「これからは自分で稼ぐ方法を見つける時代」

イメージ図:結婚式の披露宴

ある時、学生の頃の友人の結婚の報せが届きました。
久しぶりに友人たちに会えると思い、結婚式へ赴くのを楽しみにしていました。

当日、やはりそこには懐かしの面々が。話は大いに盛り上がりました。

なかでも特に親しくしていた友人Aとの卒業ぶりの会話は、私にとってはかなりの刺激になりました。

Aは決して大手とは言えない規模の会社に勤めていましたが、年収は私より遥かに稼いでいたのです。

「一体どういうことなんだ?」

A

「資産運用をしてるんだ。株でも結構儲かっていて」

それまで私の中では「株」や「資産運用」といったワードは、大枠の仕組みは分かるものの、いざ自分でやってみようとまでは思えない、難解なものでした。

それが親しい友人の口から聞くと、途端に自分の身近にそれらの言葉が近づいてきたような気持ちがしたのです。

Aに詳しい話を聞いていたのですが、気づけばいつの間にか、自分の会社の愚痴になっていて。
Aは真摯に耳を傾けてくれていましたし、あるアドバイスをくれました。

A

「これからは自分で稼ぐ方法を見つける時代だよ」

私はその言葉にすっかり心奪われたのでした。

結婚式の帰り、私は本屋に立ち寄り、さっそくAから勧められた『金持ち父さん 貧乏父さん』を購入しました。
単純ですよね笑。

3転職活動中

まずはその業界で経験を積んでみよう。

イメージ図:証券会社

資産運用や株について勉強をし始めて、しばらくが経った頃、私はある事実に気が付きます。

「俺にはこの方面のセンスがまるでない」

どんなに本を読んでも、ちっとも内容が理解できないのです。
不動産投資セミナーなどにも通っていたのですが、こちらもさっぱり。

今の仕事の脇に、さらに新しい知識を詰めていくだけの余裕が、その頃の私には無かったのです。

そこで私は思い切って転職を決意しました。
リスクを極力背負わず、今ある資金と知識・スキルで資産運用を目指せるものと考えた時に、辿り着いたのが証券会社でした。

証券会社とは

株券・債券などの「証券」を扱う会社のこと。

証券会社の主な業務内容は、顧客の売買注文を取り次いで、顧客から株を「買いたい」または「売りたい」という注文を受けて委託売買手数料を得る「ブローカー業務」、自社の資産を一般の投資家と同じように運用して収益をあげる「ディーラー業務」、顧客の資産を管理・運用する「アセットマネジメント業務」などがあります。

自分で稼ぐ方法を知るには、まずはその業界に入り、知識を身につけていくことが最も近道である気がしたのです。

もちろん、転職してからのギャップをできるかぎり少なく済ませるために、転職活動と並行して証券や投資信託の勉強も欠かさず行いました。

そうして程なくして、一社から営業職の内定をいただくことができました。

4転職後

新しい職場で、待ち受けていた状況は。

イメージ図:証券マン

新しい職場は前職と同じ営業職の仕事ではありましたが、アプローチはまったく異なりました。

前職ではほとんどが飛び込み営業でしたが、こちらでは電話での営業と、窓口にお越しいただいた新規のお客様の対応がメインでした。

以前は「営業は最終的に商品が売れればそれでいい」という考えで行っていました。
その結果、半ば押し売りのようなかたちになり、後に後悔が押し寄せてくることもありました。

証券会社の売り出すものは、当然ですがウォーターサーバーに比べてかなりのリスクがあるものです。
だからこそ、よりお客様のイメージに合った商品を提供していくことが求められます。

自然と以前の営業スタイルは削ぎ落され、「ヒアリング」をメインとした営業方法が身についていきました。
同時に、そのような営業方針の方が、売り手側も顧客側も、どちらも気持ちよく終わることができると知りました。

5その後、どうなったか。

転職を振り返って、今思うこと。これから、目指したいこと。

イメージ図:30代営業男性の姿

私が証券会社に飛び込んだ理由は、とても不純なものでした。
何しろ「将来設けるための踏み台」と思っていたわけですから。

しかしこの仕事に就くようになってから、会社の営業方針に心から賛同でき、お客様のお話を真摯に聞くことの大切さや、自分の仕事に誇りを持てるようにもなりました。

相手の立場に立って考えられる力。その大切さを学んだ転職活動でした。

転職して5年が経ち、部下の数も増えました。
現在は部下育成に力を注いでいます。

本来の目的であった、「設けるための方法を学ぶため」は、かなり後景化していますね。

部下がたくさん学べる場を提供していきたいですし、相談には何でも乗ってあげたいと考えています。

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