『みんなの転職「体験談」。』
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スーパーの販売、バス運転手を経て、次の職場はタンクローリー運転手|私の転職体験談

転職前

BEFORE
職業
運送業
職種
バス運転手
従業員規模
250名
年収
300万円

転職後

AFTER
職業
運送業
職種
タンクローリー運転手
従業員規模
300名
年収
400万円

目次

三千里さんの転職ストーリー

1これまでの私

人手不足のバス運転手。それなら、私がなってやろうか。

バス運転手の仕事

妻と子供の4人暮らし、長年スーパーの青果売り場で店員をしておりました。

若い頃は「ずっと定年まで、この職場で働き続けるんだろうな」と思っていたのですが、その後どんどんコンビニやら競合社のスーパーやらが地域進出してきたのです。
その影響で会社の景気はどんどん悪くなり、そしてとうとう50代半ばの先輩方にリストラの波がやってきました。

「このまま行けば、次は自分の番だ」と思わない日は無く、ある時私はとうとう転職を決意しました。

新しい仕事で私が注目したのは、「バス運転手」。

業界全体で人手不足が常態化し、経営も危ぶまれる企業が少なくない──とのことで、「それほど人が足りないなら、私も思い切って目指してみよう」と。

平均年齢も50代が多いとのことで当時40代に差し掛かった私にもうってつけだと思いました。

とにかく、まだ小さい子供を食べさせていかなくてはならないと一念発起し、なけなしの貯金をはたいて大型2種免許を取得しました。

そして地元にある全国の鉄道系「大手バス会社」に応募したところ、なんと入社することが出来まして。

家族ともども大喜びでした。

2転職のきっかけ

バス運転手として働いた、6年間。

辛いイメージ

収入アップを目指して、念願のバス運転手に採用された私。

しかし収入アップとはただの幻想にすぎませんでした。

6年ほど在職しましたが、年収が300万円を越えることはとうとうありませんでした。

そして辛かったのが、拘束時間です。

毎日の勤務時間は12~15時間、休みは月に6日と言われていたが実質4日しかありませんでした。
そして、その休みの日にはかなりの確率で早朝4時ころ会社から電話がかかってきて出勤要請。断ると逆に嫌がられます。

そんなこんなで16連勤、17連勤になることも年に4・5回ありました。

有給休暇を取っている人は定年間近の人ばかりです。これははっきり言って違法行為。

労組もあって組合費を1万5千円ほど引かれておりましたが、そのような相談も一切聞いてもらえませんでした。

更に2020年になってからは新型コロナが蔓延して経営が一気に悪化して。
稼ぎどころだった「バスの貸し切り」の注文がほぼゼロになって、その後私の時間外手当もゼロとなりました。

「もう、この職場に居続ける理由が見つからない…」

私はそう悟って、また新たな職場を探そうと決めました。

3転職活動中

転職活動を終えた、その日の食卓。

転職活動のイメージ

失意のどん底の転職活動でした。

もう50歳手前で、しかもコロナ禍の中、どうやって次の職場が見つかるだろうか、と。

でも、それでも生きていかないといけない。
生きていれば、なんとかなる。──そう気を奮い立たせて、職探しを続けました。

(なにか、新たに免許や資格を取得して応募の範囲を広げてみたほうが良いかもしれない)

と考え調べてみましたら、1件、良さげな求人を見付けたのです。

それは、危険物を運ぶタンクローリー(トレーラー)の運転手の仕事でした。

ただの偶然ですが、私は危険物の資格を取得していました。どこかで役に立つことがあれば…と、もう10年以上も前の話です。

求人に直接問い合わせて、面接に伺ってみるととても好感触。

あとはけん引免許を取得する必要があるとのことでしたので、早速妻にこのことを報告して、(渋々ではありましたが)けん引免許取得費用ねん出の許可を貰い、晴れて新しい職にありつけることができました。

転職が決まったときに、妻からは

「頑張ったわね」

の一言と、その晩は私の好きなすき焼きでした。
思えば10年ほど連れ添った妻が、こうしてなんだかんだいって私の活動を応援してくれていて、そして私の一番のよき理解者でいてくれているのだなと、あらためて実感しました。

4転職後

新しい職場で、待ち受けていた環境は──。

新しい職場

なんとか無事入社することが出来て、今の職場の皆さんにとても感謝しています。

危険物を運ぶタンクローリーの仕事は全くの未経験ですが、先輩・上司の方々に仕事を教わりながら少しずつ順調に、業務を覚えています。

トレーラーの運転は、私の予想以上に専門的な技術のいる仕事でした。
ドライバーの経験は長かったですが、いまだになかなか言うことを聞かせられず、満足に乗りこなせておりません。

ですが、所長をはじめ職場の皆さんはとても良い方ばかりで、何かわからないことばかりの未経験の私にも快く教えて頂いています。

今年は新人も数人入社し、やはりみなさん未経験の方ばかりです。
私が最初不安だったのを思い出し、先輩社員の方々に親切に対応していただいて今があることを忘れずに、次の世代の方々へ引き継いでいけたら、と思っています。

5その後、どうなったか。

今回の転職を経て、今思うこと。そして、これから目指していきたいこと。

これから目指していきたいこと

私が思う残念なこと、それは「もっと早くに、この職場に出会っていれば良かったのに」ということです。

これまで長年バスの仕事しか頭になかった私には、本当に残念でなりません。
まあどんなことであっても、無駄な経験などないのかもしれませんけどね。

40代も半ばになるともちろんお金もそりゃ大切には決まっていますが、過ぎてしまった取り戻せない時間の方が気になって仕方なくなります。言ったところでどうにかなるものでもないのですが。

だからせめて、これからは、今の職場で多少のことは我慢して、短気を起こさず、円満に過ごしていければと考えております。

そして、良かったことについて。
いちばんは「収入が上がった」こと。これはなにより私が望んでいたことであり、言うまでもありません。

休みもきちんとあり、家族と接する時間が増えました。まだこの先はどうなるかわかりませんが、できればこの状況が続くことを願っています。

◇ ◇ ◇

今後は、もっといろいろなことにチャレンジしてみたいです。

会社には内緒ですが副業にも取組んでいきたいです。
とはいえ本業以外で私に稼ぐ方法も持ち合わせておりませんので、まずは小さなことからやってみたいと思っています。

今はWebライターとしてちょっとずつ、本当に日々少しずつですが収入を積み上げています。今月は1万円ほど稼ぎました。

これを3万円、5万円と徐々に上げて行き単価の高い他の職種にもチャレンジしてゆきながら本業にとって代わるような稼ぎになるといいな、と勝手に夢を見ています。

妻に話したら「ふ~ん。やってみれば」という反応でしたが、いずれまた「頑張ったじゃない」、「やるじゃない」と認めてもらえるくらい、稼げるように頑張りたいです。

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